2010年12月19日日曜日

~寅年~

   

Year of the tiger             


今晩は~今年も後数日で終わろうとしていますが断念です。
ゴウの寅年生まれでして、頑固さは天下一品じゃないかな ?
今年60歳、24歳を迎える方が「ゴウの寅」です。
ゴウは「強」とも書かれたりしますが、一般的には五黄のこととされます。
五黄土星は年回りのひとつで、1白水星~九紫火星までが九星です。
五黄土星はその真ん中であり、九星の基本形では中宮に入ります。
寅も五黄もともに強い性格とされるので、そのような迷信が出来たのかも
知れませんね。1950年が五黄土星/庚寅年でしたが、1962壬寅年、
1974甲寅年、1986丙寅年と12年ごとに寅年は巡ってきます。
一方九星は9年ごとなので、1559・1968・1977・1968年が五黄年です。
五黄と寅の組み合わせは36年にいちどめぐってくることになります。

似たものに丙午があります。
甲寅・壬寅・丙寅や丙午というのは干支のことでこれは全部で60あります。
甲乙丙丁などを十干といいますが、十干・十二支には五行というものが
配されています。木火土金水の五行のうち、丙は火性・午も火性で、
強力な個性をもっているとされ、八百屋お七がこの年生まれであるという
伝説が生まれたこともあり(実際は違うようですが]丙午年生まれの女性は
亭主を食い殺すという迷信が流布されるようになりました。
戦前にも出生率が多少落ちるようなことはあったようですが、
大きく出生率が落ちたのは戦後の1966年で、ゴウの寅も広まりだしたのは
根拠があるのではないですが戦後のような気がしますね。

昔の暦でやや高級品の折暦には暦注という迷信のようなものが
いっぱい書かれていました。明治維新にともなって明治新政府は
これを迷信であるとして暦に書くことを禁止しますが、
正規でないヤミの暦のなかで復活します。(数的には少ないでしょうが)
明治時代の易聖といわれた方に高島嘉右衛門という方があります。
(著書の書名が高島易断)この方の名を利用した高島易とか
高島暦というのは固有の名でなく一般名称化しており、高島暦は
各社が発行しています。この高島暦には九星での運勢や暦注が
書かれていますが、高島暦は大正ぐらいの古いものはあっても、
勢いを増すのは戦後からのようで、新しい人も高島暦・高島易の
団体を立ち上げ、その大手からの分派もあるようです。

毎年高島暦を購入する年配の方だと、何年生まれと言っただけで
「あんたはゴウの寅やね!」とすぐ当てられてしまいます。
ちなみに私もゴウの寅ですが、寅年うまれといわない限り、
おとなしいほうだと見られていると思いますが、ゴウの寅と分かった瞬間に
「やっぱりな、芯はきついと思うてた」などと評価が変わることもありました。
ゴウの寅はきつい性格でなければならないと信じている方にとっては、
そのとおりの性格でなければ不満なのかも知れません。

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